国家ブランディングをめぐる議論
[2014年12月3日更新]
4節 経済的方法論
国家ブランディングにおける経済方法論とは
国家ブランディングにおける経済方法論とは、国家ブランディングが経済的影響力に資するための具体的方法を検討する議論である。デンバー大学准教授ナディア・カネバ(Nadia Kaneva)によると、国家ブランディングに対する技術的・経済的視点からのアプローチとは、「国際市場における競争力強化に資する国家ブランディングの手法等を技術的に」(筆者訳)(1)論じることである。つまり、国家イメージを創造することは製品や企業のブランディングと同じという発想の下、マーケティングが注目されている議論である。本節においては、ディニーの著作である『Nation Branding』(2)をベースに、アンホルトの著作である『Competitive Identity』(3)も参照しながら方法論を紹介し、国家ブランディングの戦略・実践例を取り上げていく。そして最後に、経済・方法論の観点から見た場合の国家ブランディングが今後取り組むべき課題点を挙げる。
ブランディング理論の国家ブランディングへの適用
ブランディングは、経営学の分野で既に様々な研究がなされている。そこで、まずはその経営学から出た有名な概念である、(1)ブランディングの三要素、(2)ブランド資産価値、(3)製品の原産国(COO) について、ディニーが試みた国家ブランディングへの適用を紹介する。
(1)ブランディングの三要素
ブランディングは、アイデンティティ、イメージと、ポジショニング、という三つの要素から出来上がっている(4)。アイデンティティは真の物、つまり本質であり、イメージは既存の物がどう認識されるかによって形成されるものであ
る。アイデンティティとイメージの間にはギャップが存在し、そのギャップを埋めていく
事が国家ブランディングだとディニーは言う(5)。ポジショニングは、企業が実際提供する
物と企業のイメージを作る事であり、これは対象とする顧客層の選択肢に主要な位置を獲
得する事を目的とする(6)。
ディニーは、右の【図1】のように、この三要素を組み合わせたコンセプトモデルを紹
介している(7)。まず、国の本質を表す、歴史、言語、宗教、文学、建築、食、などが国家
ブランドアイデンティティとして存在する。次に、これらの持つ特徴から、政府、観光、
輸出、ブランド大使など、アイデンティティの伝達者(communicator)が生じる。伝達者
が、ブランドのアイデンティティを伝播することで、最後に国家ブランドイメージが生ま
れるのである。国家ブランドイメージは様々なオーディエンスに影響を及ぼす。オーディ
エンスには、国内外の消費者、国内への投資家と海外企業がある。
(2)ブランド資産価値
ブランド資産価値(Brand Equity)とは、ブランドの価値である(8)。
まず、国家ブランディングにおいて、ブランド資産価値となりえるものは、大きく内部と外部に大別される(9)。内部には、元々あった資産と、養成された価値が存在する。国家でいうと、前者には、国旗などのアイコン、都市、自然などの景色、文化などが挙げらる。後者には、内需や自国の芸術への支持がある。一方、外部には、間接的に経験する資産と、広められた資産がある。前者の実現手段は映画、音楽、メディアなどが挙げられる。後者には、有名なスポーツ選手やブランド化された輸出品などが考えられる。
国家ブランディングにおいては、国家ブランド戦略が成功しているか評価するためにも、ブランドの資産価値を測ることが非常に重要である(10)。それには「顧客視点」と「財政的観点」という二つの視点がある(11)。
まず、「顧客視点」を説明する。消費者があるブランドを購買する際、そのブランドに対する知識や忠誠心は、消費者の行動に影響をもたらす。その差別効果を生み出す資産を、customer-based brand equity(以下、CBBE)という(12)。CBBEは、そのブランドに対する知識や親しみ、ロイヤルティ、体験からの記憶などがないと効果が出ない。ブランド業界では、CBBEの効果を出すため、感情に訴えて忠誠心を得ることが大事だとわかっている。しかし、多くの国家ブランディング戦略おいて、顧客から国がどう思われているか調べてもいないし、顧客の忠誠心を得ることにも注意が払われていない。
次に、「財政的観点」を紹介する。これは、ブランドの価値を経済的面から見て数値化させる方法である(13)。現在、ブランドの財政的な価値を測る事はできない。過去のコスト、代替的なコスト、将来的な収益からのみ推定される。過去は「過去の投資から得られた価値」としてブランドを捉える。代替は同様のブランドを構築するにいくらかかるかで考える。将来は将来のキャッシュフローを推定して考える。 また、アンホルトは、著書『Competitive Identitiy』で国家ブランドの財務的な価値を示す国家ブランディング指数(NBI)を紹介している(14)。この指数は国家経済に対する国家ブランドの真の寄与度を測るためである。彼の2005年NBI指数統計によると、上位五カ国はアメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランスだった。アンホルトの成果は政府が自国の国家ブランディングを養成するかに対する判断の尺度を提供することで、革新的だと言える。
(3)製品の原産国(COO)
製品の原産国(以下 COO)は、ブランドに対する考え方や行動を変える力があるため、多くの製品で差別化に用いられてきた(15)。例えば、スコッチ・ウィスキーやスイスの時計などだ。また、製品から連想される原産地が事実と異なる現象が確認されたことで、「ブランドの原産地」という概念も生まれている。例えば、ハーゲンダッツは、アメリカの製品であるが商品名を北欧風の名前にすることで、他のアイスクリームとの差別化を行った。逆に多くの世界的な銀行の名前は、特定の国のイメージがつくことを避けるため、UBSやHSBCなどイニシャルのみになっている。
国家ブランド戦略の一部として輸出品を増やす場合には、どの国家ブランドが一番製品の売上を上げられるCOOとなり得るかを考えなければならない(16)。また、COOを常にモニターすることが、イメージと本来の姿(アイデンティティ)
との間にあるギャップの発見に繋がり、国家ブランディングにおいて効果的な対策を打つ
ことに役立つと考えられる。
COOを構成する要素を考えるうえで、National Identity(以下国民意識)についての研究が
参考となる(17)。なぜなら、ディニーによると、COOは国民意識を醸成する要素に基づいて
成り立っているからである。国民意識については、様々な社会科学者が今まで言及してき
た(18)。有名なものは、アントニー・スミス(Anthony D. Smith)の五つの基本要素、「歴史
上の領域、もしくは故国」、「共通の神話と歴史的記憶」、「共通の大衆的・公的な文化」、
「全構成員にとっての共通の法的権利と義務」、「構成員にとっての領域的な移動可能性の
ある共通の経済」である。
ディニーは、COOと国民意識を組み合わせた国家ブランディングのフローモデルを紹介
している【図2】(19)。国の「先行イメージ」(Anticipation)を「多様性」(Complixity)と
「文化的要素」(Cultural expressiveness)に分ける。次にその二つをブランディングや再定
義などによって調整(Encapsulation)を行い、最後に実行(Engagement)に移す。
日本を例にこのフローモデルを考察すると、ハイテク産業や観光産業等の「多様性」と、
寺や歌舞伎、コンテンツ産業等の「文化的要素」等を結合し、どの分野に力を入れるかという
ポートフォリオを考える(調整)ことができる。
ブランド構築戦略とその実践例
以上のような経営学的概念・理論を踏まえ、実際に(1)国家ブランドを構築するための戦略と、(2)実践例を紹介する。
(1)国家ブランド構築の戦略
ディニーによると国家ブランディングの戦略には三つの原則がある。それらは現状分析、戦略企画、戦略の遂行である(20)。
現状分析は、内部分析と外部分析の二つからなる(21)。内部分析とは様々な分野における自国の(潜在)能力で競争力があるものを探し出し、各分野の強みを評価、その分析に沿ってアクション・プランを立てる分析のことである。分析を行う分野としては、観光、海外からの直接投資促進、貿易促進、優秀な人材の確保の五つが挙げられる。一方、外部分析は、競争相手の把握と、それらの環境分析からなる。競争相手はどの国か、強みと弱みは何か、戦略はどうか、などについて、上記の五つの分野ごとに分析するとよいとされている。
戦略企画とは、自国がどこに向かっていけばよいのか、その戦略を企画する取り組みのことである(22)。具体的かつ、評価・測定ができる目標設定とターゲティングが必要であり、その目標は一つではなく複数であるべきだとディニーは主張する。それを企画する際役に立つフレームワークとしては、企業が成長戦略を立てる際によく用いられるアンゾフのマトリクスが考えられる(23)。
戦略の遂行の際に重要なのは、しっかり戦略をコントロールすること、知識基盤を管理すること、変化に対応すること、適切な組織をつくること、内外の関係を調整することである(24)。国家ブランディングの三つの原則で最も難しいのが、この戦略の遂行であるとディニーは言う。その理由として考えられるは、国家ブランディングには、ビジネスよりも、幅広くの利害関係者が存在することであろう(25)。
(2)ブランド戦略の実践例―エジプトと南アフリカのケース
こうした国家ブランディングに関する方法論は実際に様々な場所で研究され実践に移されているが、ここでは具体例としてエジプトと南アフリカの実践をとりあげる。
近代化を遂げて以降のエジプトは、国産の「エジプト綿」によって自国のブランドイメージを構築しようと試み、政府みずからエジプト綿の露出を高めるため、国際的な宣伝広報・市場調査・渉外活動に注力してきた(26)。しかしながら、自国の単一製品にたよったブランディングの弱点は明らかであり、綿市場の規模縮小とともに国のブランドイメージも減退してしまう危険性があった。
やがてエジプトは、国産製品によるブランディングから、「ビジネスの要衝」としての国家イメージの構築にブランド戦略を転換した。 このエジプトの新しいイメージは、国外の輸入業者や投資家をひきつけることを目標としたものであり、エジプトをビジネスのチャンスにあふれた国として世界経済の中での立ち位置を向上させようとする政府の意向を多分に反映したものであった。このエジプトの国家ブランディング戦略について、ディニーは独自のSWOT分析に基づいて魅力的な製品・安価な労働力を強みとして挙げつつ、弱点として購買者のニーズや情報が足りていないことを指摘している。
南アフリカが自国をブランディングする際には、まず、mother brandの開発が行われた(27)。これには、広範囲、細かな世論調査に加え、自国、国際のステークホルダーたちとのコンサルティング、そして、仮で構築したブランドのテストを通して、構築された。次にBrand architectureの構築である。これは、母、サブブランド間の関係を定義づけることを目的とされ、Sub brandsがmother brandをどう支えられるかを研究しなければいけない。以上に加えて、国際、国内とで戦略を分け、実施後のモニタリング及び復習が必要とされている。
経済方法論の課題点
上述のように、国家ブランディングによって自国のイメージを消費者に引き寄せ、国際競争の中で経済的に優位に立とうとする試みは、様々な国で行われている。国家ブランディングを実践する上で最大の課題とされるのは、国家ブランディングをどのように評価すればよいかという点に尽きよう。これは換言すれば、国家ブランドを測る統一的な評価軸が現状存在していない以上、国策として国家ブランディングを推進する場合、国はそれぞれに目標を設定して半ば暗中模索的に戦略を遂行していかなければならない、という問題である。アンホルトのGMI Nation Brands Indexは、韓国等一部の国々で積極的に用いられている評価軸ではあるが、これも国際的に共有されているものではない(Environmental Sustainability Index, World Economic Forum’s Global Competitiveness Indexなど他にも様々な指標が存在する)。また、国家ブランディングを推進した結果が必ずしもGDP等の経済指標に影響を及ぼすとは限らない上、ブランドというものの性質上かなりの長期スパンで見なければ国家ブランディングの成果自体があらわれないという難点もある。
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1. Nadia, Kaneva, “Nation Branding: Toward an Agenda for Critical Research,” International Journal of Communication 5, 2011, p.118.
2. Keith Dinnie, Nation Branding: Concepts, Issuies, Practice, (Routledge, 2007).
3. Simon Anholt, Competitive Identity: The New Brand Management for Nations, Cities and Regions, (Palgrave Macmillan, 2006).
4. Keith Dinnie, Nation Branding: Concepts, Issuies, Practice, (Routledge, 2007), pp.41-42.
5. ibid., pp.41-43.
6. ibid.
7. ibid., pp49-50.
8. ibid., pp.61-62.
9. ibid., pp.69-73.
10. ibid., p.230.
11. ibid., pp.61-62.
12. ibid., pp.62-64.
13. ibid., pp.64-65.
14. ibid., p.65.
15. Keith Dinnie, Nation Branding Concepts, Issuies, Practice, (Routledge, 2007), pp.84-89.
16. ibid.
17. ibid., pp.136-139.
18. ibid., pp.111-116.
19. ibid., pp.141-153.
20. ibid., p.220.
21. ibid., p.220-224.
22. ibid., p.224.
23. 経営学者であるイゴール・アンゾフ(H. Igor Ansoff)が提案した成長マトリックス。
縦軸に「市場」、横軸に「製品」を置き、それぞれを「既存」と「新規」に分けることによって、「市場浸透戦略」「新製品開発戦略」「新市場開拓戦略」「多角化戦略」の四つに戦略を分類する。
・「経営いろは 第6回 アンゾフのマトリクスと成長戦略」Globis.jp, 2008年11月18日更新、http://globis.jp/725, 2014年11月27日閲覧。
・「3. アンゾフの成長マトリックス」Innovetica, http://www.innovetica.com/resource_03.html, 2014年11月27日閲覧。
24. Dinnie, op. cid., p.224.
25. Dinnie, op. cid., p.16-23, 224.
26. ibid.. pp.37-41.
27. ibid., pp.5-11.