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第1章 国家ブランディングとは

1節 はじめに

2節 非物理的・非軍事的パワー

3節 ソフト・パワー

4節 国家ブランディング

5節 パブリック・ディプロマシー

 

[2014年11月20日更新]

4節 国家ブランディング

  

国家ブランディングとは

 国家ブランディングを分かりやすく説明すると「マーケティングやブランディングのパラダイムを用いて、国家の地位を再構成することを目的とした戦略や実践のこと」(筆者訳)(1)と言える。

 しかし、国家ブランディングの研究が進むにつれて、その定義において、各論者の間に差異が生じるようになった。例えば、国家ブランディングの提唱者であるアンホルトは、国家ブランディングを「企業のブランディング理論を国家に応用し、その国の名声や評判を管理していく取り組み」(2)と定義づけている。また、Melissa Aronczykは、国家ブランディングを「CBM(3)の手法、テクニック、技術を用いて、ナショナル・アイデンティティの創造とコミュニケーションを行うこと」(筆者訳)(4)と定義し、企業のブランドマネージメントをナショナル・アイデンティティの形成やイメージ戦略に応用する戦略であると述べ、アンホルトと同じく経済的視点から国家ブランディングを定義している。

 これに対して、ヴァンハムは政治的観点から「商業部門で育まれた方法を用いて、地理的位置のソフト・パワーをマネージする取り組み」(筆者訳)(5)であると国家ブランディングを定義している。

 このように「国家ブランディング」の定義の仕方には、経済的な視点からのものと政治的な視点からのものがあり、大学等における国家ブランディング論のテキストを著したディニーも、国家ブランディング論の起源を「政治学などによる国家アイデンティティー研究とマーケティング分野での原産国 (country of origin) 研究が融合したもの」(筆者訳)(6)と折衷的に表現している。

 以上のように、「商業マーケティングを国家に応用する取組み」という共通点以外、国家ブランディングの定義は論者によって大きく異なる。国家ブランディングの定義について、詳しくは第2章にて深く掘り下げる。

 

国家ブランディングの目的

 国家ブランディングは、政治的影響を目的としたもの、経済的影響を目的としたものの二つに大きく分けることができる。2011年の時点で、国家ブランディングに関する先行研究は186存在し、そのうち57%はマーケティング、経営、観光から生じる経済成長に関連した「技術的・経済的アプローチ」の研究であり、35%は国際関係における国家イメージに与える影響に注目した「政治的アプローチ」の研究、8%は国家的・文化的アイデンティティーにおける国家ブランディングの意味に焦点を当てた「文化的アプローチ」の研究である(7)という。

 また、Aronczvkも国家ブランディングの目的を三つのレベルに分けている。第一は、観光、海外直接投資、貿易、高度な教育、熟練した労働者等の獲得、すなわち経済的優位性を生み出す目的である。この目的は、民間部門と公共部門の資源を結びつけることで達成される。第二は、国際的な組織や団体における発言権の獲得も目指すものである。これは「外交における正当性と権威」を伝えることで達成される。第三は、国民の愛国心や国家への誇りを育むという狙いである。これは、国家の特徴を国際基準と照らし合わせ、自国に対する海外のポジティブな意見を形成することで達成(8)される。

 以上のように、国家ブランディングには、主に、経済的競争力(貿易振興や投資誘致など)を目的とするものと、政治的影響力(ソフト・パワーの増大)を目的とするものの二つがあり、またそれらの文脈で議論されていると言うことができる。

 

国家ブランディング論の二大潮流

1.経済的視点からの議論

 技術的・経済的視点からのアプローチとは「国際市場における競争力強化に資する国家ブランディングの手法等を技術的に」(筆者訳)(9)論じるアプローチである。国家イメージを創造することは製品や企業のブランディングと同じという発想の下、マーケティングが注目されている議論である。

 技術的・経済的アプローチを代表する学者は、英国外務省広報アドバイザーを務めるアンホルトである。アンホルトは「国家ブランド」という考えに初めて言及した人物で、1996年には国家ブランディングの重要性について次のように述べている。「国家の名声は企業や製品のブランド・イメージのようなものであり、その国の発展、繁栄、経営にとって重要である。グローバリゼーションが急速に進展した世界では、国家が何かを国内に取り込むにも、国外に差し出すにも、イメージが弱くてネガティブであれば不利になり、逆に強くてポジティブなものであれば有利になるものである。それにも関わらず、ほとんどの人は自分の周囲と自国の心配をするだけで精一杯で、他国に対するイメージを概略や漠とした印象で済ませるしかないからこそ、国家の名声やイメージはその国にとって最も価値ある資産であり、管理・運営のための戦略が必要である」(10)

 さらに、アンホルトは自身の論文の中で、経済的視点から国家ブランディングに対して以下のように述べる。「国家の評判を高めるには、有益かつ重要でレベルの高い、そして何よりも“実質的に意味のある”発想や製品、政策を、一貫性のある、調和のとれた方法で根気よく提供・実行し続けることが必要である。その結果は漸進的にしか現れないが、国家は発言のみならず、地道な行動によって他国からの評価を得るべきである(11)。」

 

2.政治的視点からの議論

 政治的視点からの議論とは、国際社会で競争優位を得ようとする目的の下、パブリック・ディプロマシーに注目したアプローチ(12)である。

 ヴァンハムは国家ブランディングを政治的視点から議論をする代表的な学者である。ヴァンハムは、グローバル化とメディア革命の二点を国家ブランドの登場背景として挙げるとともに、ブランド国家(ブランド化された国家)を「当該国に対する世界のイメージから成り立つ」(筆者訳)としている(13)。また、国家ブランドがイデオロギーや政治プログラムの『代理』となるということや(14)、国家ブランドは国の性格や信頼性等を表し、消費者や市民のガイドラインになるため、ハイポリティックにおいても効果を発揮すると述べている。ヴァンハムの論文にあるように、国家ブランディングと政治的影響力の強い結びつきについて言及する学者も多数存在する。

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1. Nadia, Kaneva, “Nation Branding: Toward an Agenda for Critical Research,” International Journal of Communication 5, 2011, p.118.

2. サイモン・アンホルト、「国家ブランディングとは何か」、『フォーリン・アフェアーズ』日本語版、2008年1月号、(2008年)。

3. コーポレート・ブランド・マネジメント。

4. Melissa Aronczyk, "Branding the Nation: The Global Business of National Identity," Oxford University Press, 2013, 15.

5.  van Ham, Peter, “Place Branding: The State of the Art,” The Annals of The American Academy of Political and Social Science, March, 2008 pp.1-2.

6. Keith Dinnie, Nation Branding Concepts, Issuies, Practice (Routledge, 2007).

7. Kaneva, op. cit., 2011, pp.120, 124, 127.

8. Aronczyk, op. cit., 2013, p.16.

9. Kaneva, op. cit., p.120.

10. サイモン・アンホルト「日本は『二つの難問』を解決できるか」『外交』Vol.3、2010、8-9頁。

11. アンホルト、前掲書、2010、10頁。

12. Kaneva, op. cit., pp120-127.

13. van Ham, Peter, “The Rise of the Brand State,” Foreign Affairs, Vol. 80, No. 5, 2001 p.2. 

14. van Ham, Peter, “Place Branding: The State of the Art,” The Annals of The American Academy of Political and Social Science, March, 2008 p.5.

 

 

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