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第1章 国家ブランディングとは

1節 はじめに

2節 非物理的・非軍事的パワー

3節 ソフト・パワー

4節 国家ブランディング

5節 パブリック・ディプロマシー

 

[2014年11月20日更新]

1節 はじめに

 

「国家ブランディング」の登場

 近年、「国家ブランディング」(nation branding)という言葉が普及しつつある。定義は研究者によって異なるが、国家ブランディング論の開拓者の一人と評されるサイモン・アンホルト(Simon Anholt)によれば、国家ブランディングとは各国が他国から自分がどう見られているかを常に認識し、(マーケティング分野で発展した)ブランディング理論を活用してイメージの向上を図ること(1)である。具体的には、その国の文化的、歴史的、宗教的、政治的な要素から構成された特性をマネジメントし、国家のイメージを再構成することを指す。

 既にアメリカ合衆国においては、国家ブランディングないし(都市や地域を含む)プレイス・ブランディング(place branding)という概念はかなり広まってきている。例えば、南カリフォルニア大学公共政策大学院は国家ブランディングを含むパブリック・ディプロマシー(public diplomacy)研究が行われており(2)、既に講義で国家ブランディングをカリキュラムに取り上げている大学も存在する(3)。大学用テキストとして、キース・ディニー(Keith Dinnie)編『Nation Branding: Concepts, Issuies, Practice 』が2007年に出版されている(4)ことからも、国家ブランディングが米国において、既に一つのジャンルとして確立していることが伺える。また2004年には、国家ブランディングに特化した学術ジャーナル『Place Branding and Public Diplomacy』が発刊されている(5)。国家ブランディングやプレイス・ブランディングを主題とする研究書も、2007~8年頃から相次いで出版されている。研究・教育のみならず、国家ブランディングは実務・政策の現場でも重視されてきており、上述のアンホルトのように、各国政府をクライアントとするコンサルタントも登場している。

 

国家ブランディングと国際関係論

 従来、国家ブランディングは、国家ブランド指数(6)のように、主として国際競争力向上の文脈で実践されてきた。つまり、自国製品の輸出増、投資誘致、観光業の振興といった経済的目的が前面に出ていた。しかし、徐々に国際関係論や国際政治の文脈(他国に対する政治的影響力の増大)でも語られるようになってきている。実際、アンホルトも、プレイス・ブランディングは「政策手段」である(7)と述べている。

 国際政治の文脈では、国家ブランディングは従来から存在していたパブリック・ディプロマシーに関連付ける考え方がベースになっている(8)。ただし、研究者によって二つの観点が混在しているのが現状である。一つは、国家ブランディング/パブリック・ディプロマシー両者の相違点を比較する観点である。もう一つは、両者は同質であるとして、技術・経済的観点を政治観点に組み込もうとする観点である(9)。また、「ソフト・パワー」(soft power)への関心の高まりとともに、国家ブランディングをソフト・パワーの手段とする視点が現れてきている。(ソフト・パワー及びパブリック・ディプロマシーとの関係については後述。)

 

日本における「国家ブランディング」論

 日本においては、金子将史が『国家ブランディングと日本の課題』(10)において国家ブランディング論や日本のブランド戦略上の課題について述べている。また、ディニーの上述テキストの翻訳版が、2014年に約七年遅れて中央大学出版部より刊行された(11)(これは、翻訳ではあるが、「国家ブランディング」をタイトルに冠した最初の邦書と思われる)。これらを鑑みても、日本国内では国家ブランディングの学術的研究は未だ活発には行われておらず、また日本語による教科書のような学術書も少ないのが現状であると言える。

 一方、政策の面では一例として、2009年6月に、食文化、地域ブランド、ファッション、アニメ、音楽、放送番組、伝統文化など、我が国の魅力や強みを「日本ブランド」として効果的に発信していくため、日本ブランドの確立と発信に関する関係省庁連絡会議が設置されている(9)。これは「日本ブランド」創造に関連する一連の産業を「ソフトパワー産業」として位置付けたものである(ただし、ここで言う「ソフト・パワー」は本来の語義(後述)とは異なる。むしろコンテンツ産業に近いにニュアンスである)。具体的には、我が国の「ソフトパワー産業」の育成に対する支援(「メディア芸術祭」等によるクリエイターの育成など)、「JAPAN国際コンテンツフェスティバル」など我が国のコンテンツを発信するイベントの整備、コンテンツ紹介の強化(「JAPAN EXPO」や国際映画祭、見本市などの海外イベントでの日本文化や製品のPR等)、訪日促進による認知度の向上等を目指しており、これらの推進体制を全ての省庁および民間が一体となって構築しようとしている(9)。また2013年より海外需要開拓支援機構(クールジャパンファンド)が設立されそれらの日本の魅力をもつものやノウハウ等を売り込むことを支援している(12)

 

国際関係論や国際政治経済学的視点の必要性

 このように、国家ブランディングは日本を含め、各国で学問及び施策の一つとして取り上げられている。クール・ブリタニア、クールジャパン戦略のような具体的施策もあるが、残念ながら国際関係においての国家ブランディング研究はまだ進む余地が沢山ある。国家ブランディングの学問が比較的進んでいる欧米でも国際関係の側面に関しての議論は十分とは到底言えない。

 国際関係における国家ブランディングの役割・機能を研究する事の重要性の登場背景としては、前述したようにソフト・パワーやパブリック・ディプロマシーの必要性(つまりは国家イメージへの関心)が増大した事が挙げられる。金子によれば、国家イメージが重要になって来た理由は二つ挙げられる。一つは「その国や国民に対する関心や好意、信頼を高めることが、その国の対外的な影響力を強める」(10)と考えられるからである。二つ目はグローバル時代において経済の活力を保たせるためには、世界のヒト、モノ、カネ、情報を自国に引き寄せる必要性が高まったことである(13)。金子が挙げた二つの理由の前者は主に政治・国際関係論の側面、後者は経済・国際競争力の側面であると理解することが出来るが、実際の議論においては、この二つが渾然一体となったまま、各議論がそれぞれに国家ブランディング、パブリック・ディプロマシー、ソフト・パワーの名を使って展開されているのが実情である。

 このような混乱の原因の一端は、「国家ブランディング」と「パブリック・ディプロマシー」の定義が広く曖昧であり(「ソフト・パワー」の語もジョセフ・ナイ(Joseph Nye)による本来の語義を離れて独り歩きしている)、政治家及び学者たちが各自の立場や関心に応じた意味付けを行っていることにあると考えられる。この二つの概念をめぐる曖昧さは、ソンディ(Szondi György)によれば、コンセプト化の欠如及び国際関係学者とマーケティング学者間との異なる理解から生じている(14)。国家ブランディング論は、「関心は高まっているが、まだ理論は不十分」の段階と言えよう。今後、国家ブランディング論に対する高まる需要を満たし、論理を固めるためには、国家ブランディングと「外交」、「パワー」との関係・接点を検討することがますます重要になってくると思われる。従来の経済・国際競争力の側面の研究を踏まえつつ、政治・国際関係論の視点から国家ブランディング論を再構築することが求められていると言えよう。

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1. インタビュー 『国家ブランディングとは何か(Countries Must Earn Better Images through Smart Policy)』 サイモン・アンホルト, (「地域のブランディングと広報外交」誌編集長)、フォーリン・アフェアーズ日本語版2008年1月号,http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/200801/anholt.htm, 2014年6月23日閲覧。

2. USC Center on Public Diplomacy, http://uscpublicdiplomacy.org, 2014年6月22日閲覧。

3. 南カリフォルニア大学、ワシントン大学など。

4. Keith Dinnie, Nation Branding Concepts, Issuies, Practice (Routledge, 2007).

5. Place Branding and Public Diplomacy, http://www.palgrave-journals.com/pb/index.html, 2014年6月22日閲覧。

6. アンホルトとGfKローパーによって行われている、各国の評価を調査したもの The Anholt-GfK Roper City Brands Index™, http://www.simonanholt.com/Research/research-introduction.aspx,  2014年6月22日閲覧。

7. Simon Anholt, Places: Identity, Image and Reputation (Palgrave Macmillan, 2009), p11.

8. Kaneva, N. (2011) "Nation Branding: Toward an Agenda for Critical Research," International Journal of Communication 5, pp117–141, (ijoc.org/index.php/ijoc/article/download/704/514), p124.

9. 「日本ブランドの確立と発信に関する関係省庁連絡会議 日本ブランド戦略アクションプラン」平成21年7月3日,http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/brand/dai02/nbap.pdf.

10. 金子将史『国家ブランディングと日本の課題』(PHP policy Review,2009)2-5頁, http://research.php.co.jp/policyreview/pdf/policy_v3_n16.pdf.

11. 林田博光『国家ブランディング : その概念・論点・実践』(中央大学出版部、2014年)。

12. クールジャパン機構, http://www.cj-fund.co.jp/about/cjfund.html,2014年6月23日閲覧

13. 金子、前掲書、24-32項。

14. Szondi, G. (2008) “Public Diplomacy and Nation Branding: Conceptual Similarities and Differences,” DISCUSSION PAPERS IN DIPLOMACY   (Netherlands Institute of International Relations ‘Clingendael’), http://www.clingendael.nl/sites/default/files/20081022_pap_in_dip_nation_branding.pdf, 2014年6月24日閲覧。

 

 

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