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国家ブランディングをめぐる議論

はじめに

1節 政治的認識論

2節 政治的方法論

3節 経済的認識論

4節 経済的方法論

 

[2014年11月20日更新]

2節 政治的方法論

 

政治方法論とは何か

 国家ブランディングにおける政治的方法論とは、国家ブランディングが政治的影響力に資するための具体的方法のことを指しており、それは状況や主体、対象によって異なるので、多岐にわたる。また、存在する多くの方法にたいして、多くの学者や研究者が各々の解釈を述べているため、同じ名称の方法であっても、違う意味でつかわれることも多い。つまり、現段階では、国家ブランディングの政治的方法論の構造は、体系的に述べられてはいない。したがって、この節では、以上のことを踏まえたうえで、各政治的方法について学者ごとの意見を引用しながら述べ、現状における政治方法論の研究状況をまとめていきたい。

 

内向きと外向き

 まず、考えなければいけないことは、「誰に働きかけるものなのか」ということである。大別すると、自国に対して働きかけるものと、外国に対して働きかけるものと二つある。前者は内向きのブランディングであり、後者は外向きのそれである。例えば、パブリック・ディプロマシーは一章でも述べたように、相手国民に対して行うものなので、外向きであるし、日本のクールジャパン政策は、文化振興という意味では内向きであるが、文化を伝えるという意味では、外向きである。以上のように、その方法が内向きなのか、外向きなのか、それとも双方に属するのか、ということを考えなければいけない。

 

ステークホルダー

 さらに、働きかける対象を分類していくと、内向きには、国民全体、政府関係者、企業などと分けることができ、外向きには、相手国民、外交関係者、観光客など、分けることができる。重要なのは、国家ブランディングは、その国にかかわるすべての利害関係者(ステークホルダー)を対象とするのではなく、そのステークホルダーを分類し、それぞれに合った方法でブランディングしていく必要があるということである。

 

パブリック・ディプロマシー

 政治的方法論の中で最も有名な例として、パブリック・ディプロマシーがある。パブリック・ディプロマシーは、狭義の意味では国家ブランディングの政治的方法と同義とされる場合が多く、非常に有効な方法として考えられている。パブリック・ディプロマシーの具体的方法論については、『文化と外交』の筆者である渡辺靖は、「対象理解」、「政策広報」、「文化外交」、「交流外交」、「国際報道」の五つが具体的方法として存在すると、ニコラス・カル(Nicholas Cull)の論文から引用して述べている(1)。以下では、パブリック・ディプロマシーではなく、この五つの方法を個別の方法として述べていきたい。また、各ブランディングの相手国に対して、適切な政策を行っていくという意味においては、一つ目の「対象理解」は、あらゆる国家ブランディングの前提となる。

 また、パブリック・ディプロマシーの概要については、第一章第五節を参考にしてほしい。

 

ソフト・パワーの増大

 第一章でも述べたように、国家ブランディングにおける、政治的影響力の拡大とはソフト・パワーの増大のことである。『ソフト・パワー:21世紀国際政治を制する見えざる力』の筆者であるナイによれば、ソフト・パワーは文化、外交政策、政治的価値観の三つの源泉から生まれる(2)。したがってここでは、文化、外交政策、政治的価値観の三つを分析し、それぞれがどのような方法を駆使すれば、ソフト・パワーの増大につなげることができるのかを述べていきたい。

 

(1)文化

 第一に、文化によってソフト・パワーを高める方法においては、文化には自国と外国に作用する力がそれぞれあると考えられる。自国に対してのアプローチとしては、国家アイデンティティの形成が挙げられる。ヴァンハムは、国民に明確な帰属意識とアイデンティティを与えることで自信を与え、それが国としてのブランドマネジメントに繋がると考えている(3)。このことから、アイデンティティの形成と密接な関係のある文化はソフト・パワーの向上に重要な役割を担っていると言えるだろう。また、ディニーは、国の文化は国家ブランドの価値の基礎をつくり、文化と国家ブランドが一体となることで、国家ブランド戦略を向上させると述べている(4)

 一方、外国に対してのアプローチには、パブリック・ディプロマシーがある。渡辺靖や北野充も著書の中でパブリック・ディプロマシー政策の一つとして、文化外交や交流外交を挙げている(5)(6)。海外の人々とのコミュニケーションを図ることで、国家が、自国の考えや理想、制度や文化、現行の政策への理解を促進させ、その国や国民に対する関心や行為、信頼を高める事が期待されている。

 

(2)外交政策

 外交政策では、相手国の政府に向けて行われる政策と相手国の国民・民間に向けて行われる政策がある。前者としては、自由民主主義や核なき世界などの価値観を共有する価値観外交や平和構築・災害支援など国際益を重視した外交が挙げられ、後者としてはパブリック・ディプロマシーがその役割を担っているといえるだろう。

 ディニーは世界的に環境への意識が高まっていることを述べたうえで、各国の環境政策の質を順位付けした環境持続性指数(Environmental Sustainability Index : ESI)とアンホルトのGMI国家ブランド指数の関連について取り上げ、「将来的に環境持続可能性を国家ブランディングに統合していく」可能性があると指摘している(7)。外交政策として地球環境を意識した行動をとることは、価値観外交の点からも国際益の点からも評価が高まっているといえるだろう。

 また、渡辺靖は今日のグローバル化から「国益のなかに国際益が含まれるような局面が増えている」ことに注目している。渡辺は国際益の例として「災害支援や平和構築(中略)、女性・児童・先住民の権利、宗教的・文化的寛容、移住、教育、貧困、飢餓、麻薬、組織犯罪、テロ、軍縮、核拡散、エネルギー、水、食糧、気候変動など、『ヒューマン・セキュリティ(人間の安全保障)』に関わる問題」についての利益をあげている。「パブリック・ディプロマシーによって、国益のみならず、国際益を高めてゆくことも可能であるし、逆に、国際益ないし国際公共性に関わる活動に取り組むことで、自国の道義性や存在力を示してゆくことも可能」と渡辺は主張している(8)。つまり、政策広報を通して、自国のアピールをすることができるという意味である。

 

(3)政治的価値観

 最後に、政治的価値観という源泉を高める方法について述べたい。一つは、自国における人道に関わる政策(人権問題、差別問題、社会治安問題など)や移民政策があげられる。例えば、ナイによれば、「一九五〇年代には、国内の人種差別によってアフリカ諸国でアメリカのソフト・パワーが損なわれ」た(9)。つまり、マイナスのソフト・パワーが働いているのだ。逆に考えれば、出稼ぎ労働者や移民、他国にルーツを持つ人々に対する政策を変えることで、ソフト・パワーを高めることができるかもしれない。しかし、ナイも直接的にソフト・パワーの上層に言及していないように、まだまだ研究が足りていない分野でもある。

 また、外交政策のところでも述べたが、国際益を追求した政策をとるような政治的価値観をアピールすることで、世界から一目置かれる存在になることができる。これを『文化と外交』著者渡辺靖は、「グローバルシビリアンパワー」とも呼んでいる(10)。具体的には、環境問題から紛争問題などの国際駅に対して、国際会議の場で指導権を握ったり、ODAを行ったりなどがあげられる。こうした政治的価値観を国際報道や政策広報を通してアピールすることも重要である。

 

 以上の三つをまとめてみる。文化は、内向きには国家アイデンティティの形成を政府が行い、外向きには文化外交や交流外交を行う。政策の対象は、内向きには自国民が主な対象となり、外向きには相手国の国民が主な対象となる。次に、外交政策は、これはそもそも外向きの政策であり、対相手政府には、価値観外交や国際益を追求した外交、環境を配慮した政策が挙げられた。対相手国民に対しては、政策広報で国際益を追求した政策を行っているというアピールをすることができる。最後に、政治的価値観は、内向きには、人道にかかわる政策や移民政策を行うことが挙げられた。また、外向きには、国際益を追求した政治的価値観を国際報道や政策広報でアピールすることが重要である。

 

結び

 いまだ国家ブランディングに関する、政治的方法論に関しての研究や議論は成熟しておらず、学者によって述べていることが違う場合が多々あり、まだ研究の余地は残っている。

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1.渡辺靖『文化と外交』(中央公論新社、2011年)、70頁。

2.ジョセフ・S・ナイ(Joseph Samuel Nye)『ソフト・パワー』(日本経済新聞社、2004年)、34頁。

3.van Ham, Peter, “Place Branding: The State of the Art,” The Annals of the American Academy of Political and Social Science, Vol.616, No.1, 2008. 

4.Keith Dinnie, Nation Branding Concepts, Issuies, Practice (Routledge, 2007), pp.111-127.

5.渡辺、前掲書、70頁。

6.金子将史、北野充編、『パブリック・ディプロマシー-「世論の時代」の外交戦略-』(PHP研究所、2007年)「パブリック・ディプロマシーとは何か」、30-35頁。

7.キース・ディニー『国家ブランディング——その概念・論点・実践』(林田博光・平澤敦監訳)(中央大学出版部、2014年、原著は2008年)「持続可能性と国家ブランディング」「環境持続性指数」、216-222頁。

8.渡辺、前掲書、103-104頁。

9.ナイ、前掲書、37頁。

10.渡辺、前掲書、188-190頁。

 

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